スーパーに向かう途中で見た「下校中の男子中学生」
男子中学生を見かけることは今までに何回もありました。
今までは何も思わなかったにの、なぜかその日は男子中学生を見て悲しくなりました。
桜空はどんな中学生になっただろう
中学生を見て、
「もう1月、もうすぐ高校に行く子もいるんだな~」
しみじみと人様の子の成長に感心しするとともに、ふと自分のことを考えました。
もう桜空の成長を見ることはできない
桜空はどんな中学生になっていたのかな~
優しくて男前の男の子かな~
見た男子中学生が色白の男の子だったため、我が子の中でも桜空のことがパッと浮かびました。
桜空は亡くなってしまったため、私は桜空の2歳以上の成長を見ることはできません。
幼稚園児になった桜空も、小学生になった桜空も、中学生になった桜空も見ることは不可能です。
‟私はもう桜空の成長は見られないんだ”
改めて痛感すると、とても悲しくなります。
わかっているのに、改めてその感情に直面すると、大きな喪失感を感じ、生きる気力を一気に無くします。
あの子は何のために産まれてきたのだろう
あの子は何のために頑張ってくれたのだろう
私は何のためにあの子を産んだのだろう
私はあの子を産まない方が良かったのか
桜空を産むことで、桜空を苦しめたんじゃないか
様々な感情で頭がいっぱいになります。
桜空がいなくなって良かったことなんてない
桜空がいなくなって、私は医療ケアをしない、医療ケアと無縁の生活に戻りました。
神様、違うんです。
私が願ったのは、桜空が元気になって人工呼吸器もいらず、気管切開部分も閉じて、自分の力で呼吸ができて、胃ろうでなく口から食べられて、健康な子と同じような生活を送ることができるようになること。
桜空が健康になって医療ケアがいらなくなる、桜空がみんなと同じ生活ができること。
たくさん苦しいことも痛いことも頑張ってきた桜空が報われることを望んでいた。
これからも悲しみとともに生きていく
桜空がいなくなり、私の心は大きな穴が開いたままです。
亡くなってから3年8ヶ月経った今も変わりません。
3年8ヶ月の時が経ち、お笑い番組も見るようになりました。
子供や友達、職場の人と楽しく話し、笑うこともできます。
私、桜空以外の家族は健康です。
しかし、人生最高!とは間違っても言えません。
家族みんな生きて一緒に過ごしたかったという想いは死ぬまで持ち続けると思います。
大切な人を亡くした人たちは同じように悲しみと共に生きていると思います。
私だけじゃない、同じ気持ちで生きている人がいる…
そう思って、悲しい気持ちと向き合いながら今日も感謝して生きたいと思います。


