昔の時代
昔からいじめはありました。
不登校の子もいました。
非行に走る子もいました。
しかし、学校には連絡せずに公にならずに終わったいじめも多くあります。
不登校の子への対応も、今ほどに頻回ではなかったのではないかと思います。
昔は遅刻や授業妨害などあれば先生が叱り、廊下で立たされる子がいました。
程度がひどければ叩かれるということもありました。
しかし、そんな場面を見て気を付けようと思う学生は多く、学校の規律を守ることは大切なことを口で言ってもわからない、繰り返す学生に対しては叩くという行為も大切と私は学生ながらに思っていました。
規則を守らない、授業を妨害する学生がいることによって迷惑を感じる学生は多いからです。
時代の変化
しかし、今は少子化で子供が少なくなり問題が表面化しやすくなっていると感じます。
また、教師が責められる時代にもなり、教師が生徒を注意すること叱ることが難しくなっていると感じます。
娘のクラスでのいじめ
そんな中、小6の娘のクラスで「いじめがあった」と娘から報告がありました。
娘はいじめに関わってはいませんでしたが、クラスでこのようないじめがあったと担任からクラス全員に報告があったそうです。
いじめの内容については娘が関わっていたことではないこと、プライバシーに関わるため避けます。
「勘違い」でいじめの加害者に…
ほとんどの子は「いじめ」ではなく、「あそび」と認識していました。
いじめをされたと感じている子がいることは全く知らない間に自分が「いじめの加害者」になっていたということです。
責められた 「勘違い」でいじめ加害者になった子供たち
今回、いじめを受けたと訴える被害者を守り、加害者とされた子供たちの意見を聞く前に「加害者扱い」し、加害者とされる子供たちを集め、担任と学年主任の教師2人で尋問のようなことを行ったようです。
誰も口を開かず、このままではいけないと勇気を持って経緯を話した子供は「勘違いだったではいけない」と一人責められたと聞きました。
いじめの問題は「対応・判断」が難しい
もちろん「被害者とされる子供を守ること」は絶対に大切なことです。
しかし、現状を把握できていないうちから「加害者と疑われた子供」を「加害者」と認定し、教師2名で尋問のようなことをするのは間違っていると感じました。
結局は「勘違い」であったことが判明しましたが、尋問された子供たちも心に傷を負いました。
「こんなことになるなら二度とその子(被害者とされた子)と関わりたくない」と感じていること、「正直に意見を言うことで責められる」という認識を持たせたことは教師にも問題があります。
また、一番生徒と関係の近い「担任」がいじめ問題を正悪の判断をすることは避けた方が良いと感じました。
「勘違い」であったり「知らなかった」場合に加害者とされた子を傷付ける行為になってしまっています。
しっかり双方の話を聞くことは絶対に必要
いじめはあってはいけないことです。
私自身が中学1年のときにいじめを受け、いじめは絶対にあってはいけないと思っています。
しかし、事実確認をすることはとても重要で、教師の立場上、双方の意見を聞く前にどちらに傾いてもいけないと感じました。
担任でない担当者が必要
担任には仕事がたくさんあります。
子供のいじめに対して保護者への連絡と取り合っているだけで1日が終わってしまうように思います。
担任ではない、いじめや不登校、問題児に対しての担当者が必要であると感じます。
公平な立場で両者の意見を聞き、しっかり双方の意見を聞いた上で、時間的にも落ち着いて問題の対応・解決ができる担当者は必要です。
