息子の死
人生で子供の死を経験する人の確率は何%なのでしょうか。
私はなぜ妊娠中にお腹の子の病気が分かり、産まれた子に複数の病気があり、産まれたばかりの子に何度も手術を受けさせ、子供を亡くすことになったのでしょうか。
頭の中で回想する「たられば話」
たった一つのことでもつらかった。
妊娠中に子供の病気が分かっても手術せずにみんなと同じように生活できたらよかったのに…
産まれてから病気がわかっても、手術なく退院できて通院だけならまだよかったのに…
病気が一つならよかったのに…
NICUに入院してもすぐに退院できるくらい元気だったらよかったのに…
病気があっても医療ケアなく生活できたらよかったのに…。
たくさんの「たられば」の話が出てきます。
しかし、一番に思っていることは「病気があっても死ななくて済むならよかったのに」です。
「我が子が死んでしまう」ということ
「子供が死んでしまうということ」
それは耐えがたいことでした。
私はこの先、これ以上の悲しみを感じることはないと思います。
両親がや夫にもしものことがあっても、つらくても、悲しくてもあの時のような私も死んでしまいたくなるような悲しみには至らないと思います。
それは、充分に生きたと思えるから、今までのことにたくさんの感謝ができるからだと思います。
両親は60歳を過ぎています。
長生きできてよかった、安らかに、心からありがとう…と思うでしょう。
夫は自由に独身のように生きてきました。
自分のしたいことをし、夫の「死ぬまでに叶えたい夢」であった「北海道に行きたい」「新車の四駆に乗りたい」という夢はできるだけ早く叶えたいと思い30代前半で叶えました。
私は嫁としてできることはしたと思っています。
妻の私は、夫に対する後悔はありません。
3人の子供たち。
この子たちには元気に生きてもらわなければなりません。
健康に産まれたこと、今健康であることは当たり前のことではないことを忘れず、命に感謝し人生を全うしてほしいです。
痛いことを頑張った、乗り越えた…だからこそ未来を信じていた
桜空はお腹にいるときから試練の連続でした。
そんな桜空は痛いこともつらいこともたくさん頑張ってくれました。
私は桜空を元気に産むことができず、自分は健康であるにも関わらず、桜空にばかり頑張らせてしまいました。
今までたくさん頑張った、頑張らせてきてしまった…
だからこそ、必ず桜空に幸せな未来が待っている。
そう信じたかったし、絶対にそうであってほしいと思っていました。
しかし、未来は残酷でした。
明日元気である、生きている保証はない
明日元気であるか、数時間後、数分後元気であるか…
そんなことは誰にもわかりません。
いつまで生きられるなど…命の保証はありません。
だからこそ、今を幸せに生きる。今を大切にする。
したいことがあるなら今すぐやる、後悔しない。
後悔しても死ぬときは死ぬのですから。
次男の死は、私の人生の大きな転機となりました。

