自分の人生の最期を考える
人生は終わりがあるから美しいのだと思います。
終わりがあるから生きることに執着してしまうこともあります。
私は子供を亡くしてから様々なしがらみがなくなり、最期に子供に看取られたいという想いさえもなくなりました。
私は最期の日、わざわざ私の元に子供たちが駆けつけてくれなくて良いと思っています。
なぜなら、大切なのは「最期の日」ではなく、それまでの日々だと思うからです。
そんな私が人生最期に望むことは何だろう…と考えたとき、自分の思いを子供たちに知ってもらうことだと思いました。
子供たちには自分の人生を最高に楽しんで生きてほしい。
私からのプレゼントはあなたたちを産んだこと、その事実だけしかありません。
お金や物なんかではない。産んだこと、それだけです。
このブログでは私の遺言書を記したいと思います。
私の遺言書
私が死んだときは直葬・散骨でお願いします。
参列する人は弟妹、夫、子供、孫でお願いします。
もし実父母が生きていても、娘の私が死んだ姿は見せたいと思わないため、事実だけを伝えてほしいです。
仏壇はいりません。時々思い出してくれたら私はとても嬉しいです。
心がしんどくなったとき
心がしんどくなったときは私の写真を見てほしい。
私は一番にあなたたちを応援しているし、よく頑張ってるよと伝えたい。
自分の選択した道を変えたければ変えたら良い。
人生はいつだってやり直せる。
選択した道は失敗だったわけではない。
人生に無駄なことはない、やってみないとわからなかっただけ。
新しい道をまた思いっきり楽しんだら良い。
お金について
ローン以外の借金、友人へのお金の貸し借りは絶対にしないこと。保証人には絶対にならないこと。
「お金の切れ目は縁の切れ目」
お金で問題を起こすと大切なものを失います。絶対に気をつけて。
お金を使ってでも経験すること、思い出を作ることは大切です。
最期にお金を残しても天国には持っていけません。
お金は幸せになるために使うもの。
貯金はほどほどに、お金も適度に使って今を思いっきり楽しんで下さい。
私の人生に彩りをくれて、ありがとう
あなたたちと出逢えてよかった。
あなたを産むことができてよかった。
いつか病気にもなるでしょう。いつか余命を宣告されるかもしれない、老化に落ち込むこともあるかもしれない。
がっかりしなくて良い。みんなに「死」は訪れるもの。急かもしれない、ゆっくりかもしれない。
現実を「そうか」と淡々に受け入れ、最期まで楽しく幸せに生きれば良い。
悲しんでいる時間なんてない、楽しく、明るく、笑顔で。
天国では私と桜空が待っていると思って。
最期の瞬間まで楽しんできてください。
この世界の後には天国での世界がある。
この世界での生活が終わり、次の世界に行くだけだと思いなさい。
何も悲しいことではないでしょう。
なんでもポジティブに。
あなたたちなら大丈夫。いつでも私はあなたたちを見ているよ。
いつも傍にいるし、心配しているし、あなたの幸せを願っています。
私の最高の子供たちへ
大切なことは日々伝えてきました。
人生は限られています。
様々なことに感謝して、いつも笑顔でいられるような些細なことにも幸せを感じられる人でいてください。
そして自分の人生を自分の足で責任を持って歩み、楽しんで下さい。
最愛の子供たちへ。ありがとう。
愛しています。
また逢える日を楽しみにしているよ。
最高に幸せな日々をありがとう。
また、笑顔で逢いましょう。
母より

