子どもが旅立ち9か月|子どもを亡くした母が今想うこと|逢いたい

次男の旅立ちから9ヵ月…私の心情

次男、桜空がいなくなってしまい6ヵ月くらいまでは何をしていても涙が出ました。
思い出したり、写真、動画を見ると涙が止まらなくなり、悲しさで時間が過ぎていき、またそれが虚しく感じていました。
何でこうなったのだろう…
何がいけなかったのだろう…
どこで間違えたのだろう…

考えることはいつも同じ。
可愛いあの子はどこへ行ってしまったのか…
可愛いあの子は今どこで何をしているのだろうか…
寂しい想いをしていないだろうか…
あの時、傍にいる選択をしたらよかった…ごめんね
手術を選択したお母さんが悪かった…ごめんね
元気に産めていたらこんなことにはならなかった
ごめんね

想うこと、考えることは心配と大きな後悔
その後悔は自分ではどうしようもなかったことが大半を占めます。

元気に産むためにいろんなことに気を付けた妊活中、妊娠中…
けれど、だめでした。

原因不明で「確率」でたくさんの病気を持って産まれてきた我が子。
「確率」って何なの?

わかっていたら、こんなことになるとわかっていたら桜空を妊娠することを望んでいなかった。

もう子どもは2人で3人目を望むことはなかった。

わかっていたら産まなかった。わかっていたら望まなかった。

そうしたら、桜空に逢うことはなかった

桜空を知らなかった

本当に…?桜空に逢えなくて良かったの…?

やっぱり逢いたかった

桜空、ごめんね

私は桜空に逢いたかった

病気とわかっていても桜空に逢わなかった人生は考えられない

あんなに可愛い子いない

あんなに頑張りやの子いない

たくさん、たくさん頑張った。だから桜空を生かしてほしかった。

これからはたくさん笑顔で幸せな日々を桜空に与えてほしいと願った。

でも、願いは叶わなかった。

桜空はあんなに頑張ったのに?

努力は報われない…

それが現実

これが桜空の人生なのか…これが私の人生なのか…

そう思わなくてはいけないことに、また悲しく、虚しくなるのです。

まだまだ涙が出る

9ヶ月経った今も、桜空が旅立ったという話を知人にするとき、涙が出ます。
淡々と話し続けていると大丈夫なのですが、少し間があったり、相手が涙を流してくれたり、言葉が詰まると、私の感情が抑えきれなくなり、どんどん涙が溢れてくるのです。

きっと1年経っても、2年経っても、5年経っても、10年経っても同じだと思います。
それは桜空を愛しているからです。
これからもずっと家族、私の大切な次男坊です。

大切なあの子を想って生きる

今日も感謝して
明日が来ることにも感謝して
私は生きます。
悲しいことがあっても生きます。

今日は、この瞬間はあの子が生きたかった時間。

頑張ったね、頑張ったね

桜空は2年2ヶ月しか生きれないとわかってママのところに来てくれたのかな?

急に旅立つことになって驚いていないだろうか…

桜空、桜空…

ママはいつもあなたのことを想っているよ。

ママがたくさん泣いているのはあなたに傍にいてほしかったから。

これからもずっとずっと桜空の成長を見ていたかったから。

桜空を愛しているからだよ

ママのところに来てくれてありがとう

今日も、お空の上で元気いっぱい遊んでね、怪我しないようにね。

美味しい物、たくさん食べてね。

今日も1日桜空が幸せいっぱいでありますように。

【子どもを亡くした親の心】ただただ虚しい…どうしようもない想い
我が子の旅立ちからもうすぐ11ヶ月です。何も癒えません。やはり考えることはいなくなってしまった我が子のこと。子どもが生かされず親が生かされてる意味は何なのか、答えのない大きな疑問を抱えながら生きていくしかありません。

 

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