子供の人生の責任までも負うことの大変さ
そもそも人は自分の人生に責任を持つことで精一杯です。
しかし、好きな人ができると、結婚したいと思ったり、子供が欲しいと考え始めたりします。
子供が産まれると、子供を一人前に育てなくては…と思い始めます。
人生をより楽しく生きていくために必要なことを教えます。
人間関係、学校生活、勉強、生活のリズム、食事の大切さ、お金、人生で大切なこと全てです。
育てながらも、子育てに必要なお金を稼ぐ必要があります。
子育てには全てに親の責任が伴います。
物価高による子育ての負担増
物価高により様々なものが値上げしました。
食品などの生活にかかるお金、授業料、習い事代…
様々なものが値上がりし、子育てをすることは今まで以上に大変なことと認識されるようになりました。
来世は子供を持たない選択をしたい
これらの理由から子供を持たない選択をする人も増えてきました。
私は来世は子供を持たない選択をしたいと思っています。
私の決定的な理由は子供の死でした。
一番の理由は子供の死
私は子供が好きです。特に赤ちゃんが大好きで助産師になりたいと志しました。
「助産師になって、3人のお母さんになりたい」
私は助産師になるという夢を叶え、2度の流産を乗り越え2人の子供を授かりました。
そして念願の3人目を妊娠し、妊娠26週のときに異常がわかりました。
産まれた子供、次男の桜空(さく)は気管切開、人工呼吸器装着、胃ろうをしている医療ケア児でした。
3人目を望まなかったらよかった…
可愛い自分の赤ちゃん…なのにとても痛々しい姿。
代わってあげたいのに代われない…。
そのときに思いました。
「3人目を望まなかったらよかった…」
私は助産師としても母としても、社会や病院は病児やその家族にしっかり寄り添って問題は解決していると思っていましたが、大きな勘違いでした。
その大きな勘違いを感じたのは、病院での親の24時間付き添いです。
社会も病院も、守ってはくれませんでした。
一気にやる気や生きる気を失いました。
「みんなで死んでしまえたらどんなに楽だろう、もう一度人生をやり直したい、もう一度桜空を元気に産み直したい」
そう思っていました。
だから私は来世人間であったら、絶対に子供は産みません。
可哀想な子供を見るのも、もう絶対に経験したくないからです。
結局は自分でどうにかして下さいという社会にうんざりしたからです。
「ならば、産まなければよかったんだ」
その考えに至りました。
子供が死んだときに感じたこと
桜空は2年2ヶ月の人生でした。
手術後に亡くなってしまいました。
我が子が死んでしまったとき、プツンと私の人生の糸が切れたような感覚でした。
もう二度とこんな悲しい想いを子供にさせたくない、私もしたくない。
来世は独身、子なしです。
親しい人とは来世も繋がっている
私は宗教的なことは好きでないのですが、自分が幸せになれそうなことだけは信じたいと思っています。
何かの本で見ました。
親しい人とは来世も繋がっているようです。
それは今のように親子の関係でなくとも、恋人だったり、友人であったりするようです。
私は今世で4人の子供に恵まれました。
初期流産した子を含めたら6人です。
その子供たちと来世では親子でない大切な関係でいられたらと思っています。
