私が学生のときに大好きだったアニメ NANA
私は中学生の頃に漫画を読むことが好きでした。
大親友の友達と2ケツして近くの古本屋に行き、本を読んだり買ったりしていました。
私が大好きだった漫画は「NANA」
現実的でないかっこよすぎるビジュアルや漫画の中で起こる予想外の展開に惹かれました。
憧れるのは可愛い女性ではなく「かっこいい女性」
私は可愛い女性より、かっこいい女性に憧れていました。
漫画の中のNANAはまさに私の理想で、顔も性格も行動も生き方もかっこよすぎました。
大好きな曲 GLAMOROUS SKY
NANAは実写化されることになりました。
その曲の主題歌が2005年にリリースされた「GLAMOROUS SKY」でした。
私が中学生の時から大好きだったバンド、ラルクのボーカルhydeが作曲した曲です。
大好きなアニメの主題歌で、大好きなバンドのボーカルが作曲した曲は私にとって神曲すぎました。
GLAMOROUS SKYがリリースされたとき、私は18歳でした。
私はここ何年か、この曲を聞いていませんでした。
しかし、たまたまYouTubeで流れてきたhydeが歌うGLAMOROUS SKYに出会うことになりました。
その曲を聞いて、なぜか私は桜空のことを思い出し、泣けてきたのです。
思い出す 桜空との日々
当時はGLAMOROUS SKYを「恋愛の曲」として捉えていました。
しかし、桜空を亡くした後に聞いたGLAMOROUS SKYで、私は桜空との2年2ヶ月の日々を思い出すことになったのです。
繰り返す日々に 何の意味があるの
Ah 叫んで飛び出すGO
毎日医療ケアを行い、自宅にいる日々。私は桜空と一緒に窓から空を眺めたりしていました。
桜空と一緒に外に出てお出かけしたり、遊んだりしたいのですが
桜空は人工呼吸器が必要で気管切開をしていて、胃ろうの注入や空気の吸引が頻回であり、外に出ることができませんでした。
繰り返す同じような毎日に、気持ちが沈むこともありました。
訪問看護師さんが来てくれる時間、私は気分転換に外に出たくなり、桜空を訪問看護師さんと一緒にお風呂に入れた後に車に乗って、車の中で大声で歌いながら、時には泣いて発散し、日用品の買い物をして自宅に戻っていました。
帰ると笑顔で私の帰りを待っていてくれる桜空。本当に可愛く自慢の息子です。
気分転換できるおかげで、私の気持ちは前向きになっていました。
「よし!また頑張ろう!桜空が少しでも良くなるように、医療ケアが1つでも減って桜空が楽に生活できるように」
私には夢がありました。
大きな夢は桜空が健康に産まれた子と同じように医療機器なしで元気に生活できるようになること。
桜空の未来を照らしたいと本気で思っていました。
無理かもしれない、でも夢はしっかりと持って毎日医療ケアしていました。
私は桜空にたくさんの愛と時間を惜しみなくかけたつもりです。
まさか、亡くなってしまうとは思いませんでした。
あの虹を渡って あの朝に帰りたい
桜空が死んだとき、私の心は死にました。
あの心のまま生きることはできませんでした。
死んだ息子を見た瞬間に、私は自分の心を自分で殺したのだと思います。
そうでなければ、「もう人生おしまいにしよう」
そう思ったでしょう。
私には他に3人も子供がいるのに、1人欠けてしまうことは人生を狂わせるものでした。
しかし、私は生きて3人の子供を育て、自立させる責任があります。
しっかり役割を全うし最期が来て、私が死んで桜空のいるところに逝けるなら、
あの世で、朝起きると桜空がにこっと笑って傍にいてくれていたあの朝に戻りたいです。
夢を並べて2人歩いた、桜空と生きた2年2ヶ月。
私はやっぱり桜空を元気に産んで、もっと一緒に生きて親である私が先に死ぬ人生がよかったです。
3年半経った今でも悲しく、特に夜は虚しさがこみ上げ涙が出ます。
遺骨と遺影を強く抱いて泣きます。
桜空、ごめんね。元気に産みたかったのに、ごめんなさい。
産まれてきてくれて、本当にありがとう。
大好きだったGLAMOROUS SKY。
月日を得て、私にとってGLAMOROUS SKYは亡き子との日々を思い出させてくれる大切な曲になりました。

