財産分与で揉める子供たち
一生懸命産み育てた子供たちが金に目がくらみ、争っている姿はなんとも醜いです。
もし、我が子が少ない私の遺産で揉めていれば、
私は母としてとても残念に思いますし、とても虚しいです。
子供たちに「平等に財産を」は難しい
お金を残せば、きょうだいで揉める
お金にある物を残せば、きょうだいで揉める
何を残しても、揉めるきょうだいは揉めるのだろうと思います。
平等に分けようにも、
「最期に親を看たのは自分だ」
「自分は大学に行っていないからその分不平等だ」
「結婚資金を出してもらった、もらっていない」
「土地をもらった」
人間は自分が不利なことを主張してきます。
一人言い始めると、きっときょうだい皆が言うのでしょう。
言い出すとキリがないです。
私は3人子供がいますが、「平等」は一番難しいことだということを実感します。
まだ上が小学生ですが、今までが「平等」であったかと聞かれると、
すでに「平等」ではないと感じます。
財産を「全て寄付」した大富豪
揉める元をつくらないためにも、財産は残さないのが一番だと感じてしまいます。
ある本で、お金持ちの方が自分のお金をあてにしてきょうだいで揉めないように
自分の死後、全ての遺産を寄付した方がいました。
なかなか真似できない手段ですが、
きょうだいが揉めることなく終わる最善の方法なのかもしれないと感じました。
「他人」や「他人の物」を当てにしない
そもそも、親の財産は「親のもの」です。
子である「自分のもの」ではありません。
しかし、どこかで勘違いをした生き方をすると
「親のものは自分のもの」とドラえもんのジャイアンのような考えに至るのだと思います。
「欲しい物があるなら自分の力で手に入れるべき」
「欲しいものがどうしても手に入らないなら、時には諦めることもすべき」
我が子にはこのように伝えたいです。
子供には「自分の力」で生きてほしい
多くの収入を得ることができなくても、
収入に応じた生活をすれば、問題なく楽しく生きることができるはずです。
分相応に生活すれば良いだけの話です。
コンビニ生活、自動販売機、過度な外食、必要以上の美容代…
見直せばできる節約はたくさんあるはずです。
結局、どのくらいの給料であっても楽しく生きられるかどうかは
個々の気の持ちようだと思います。
上ばかり見ず地に足を付けて、自分を幸せにする力と心を持って生きてほしいです。
持ち主が決めたことが全て! 異論は認めない遺言書
私の財産なんて知れていると思いますが、
子供が揉めることのないよう、できる限り使い切って死にたいです。
とは言っても、逆に使いすぎて足りなくなってもいけない…
施設に入所し、予定よりお金が必要になることもあるかもしれません。
「残さないようにお金を使う」ということも難しいことですが、
最低限のお金は残しつつ、財産分与に関してはしっかり遺言書に記し、
子供たちの主張は何一つ認めないと今からはっきりと決めています。
まぜなら私の財産だからです。
揉めることすらできないように、はっきりと記すつもりです。
親子が互いに感謝できる最期は 一番美しい
そもそも、親はきょうだい仲良く生きてほしいと思って子供を望んだと思います。
我が子はみんな可愛いです。
誰が1番などは決められません。
自分が産み育てた子供たちが仲良くいてくれることが旅立つ親の幸せだと思います。
また、子供も遺産がどうこうではなく、原点に戻り
「産み育ててくれてありがとう」と感謝できる方が素敵ですし、そうあるべきです。
私の最期は「私の可愛い子供たち、3人仲良くね。ありがとう」
こう言って、この世を笑顔で去りたいです。


